ゴマちゃんさんよりバトンを受け継ぎました!アドバンスはカードを選ぶ、という工程が多い分、難しくもあり楽しくもあるのだなと思いました!アドバンスジョーカーズの検討も頑張ってみようかな。
さて、アドカレ初参加になります。Shinです。
普段はジョーカーズについて語ったり、格安研究所に紛れ込んだヤッタレマンとしてせっせこ記事を書いています。記事書きバーサーカーなので、日刊ぐらいのペースで何かを書いている計算に。今も楽しく書かせてもらっています。
「埋まっちゃったなぁ~」と思っていたら、同じく格安研究員の先輩たけじょーくんから「カモン!」と温かく呼んでいただけました。「とんでもないビッグネームに並ぶのは恐れ多いけど、友達も多いし皆でいっぱい書こうね~」と思っていたら友達は皆早々に裁(もう一つのカレンダー)の方にいました。なんと間の悪い。
さて、普段からジョーカーズの話もデッキの話もたくさんしているので、今回は趣向を変えて。
デュエル・マスターズの「夢」である、ドリーム・クリーチャーの話を致しましょう。
これを読み終えた時には、デュエルマスターズを愛する皆様の「夢」と「勝熱」が、より強く燃え盛っていることを願って。

※背景ストーリーなどの独自の解釈を含みます。
また、ゲーム上の詳しい話は他の人にお任せ。パッション重視です!
1.「ドリーム・クリーチャー」は何を目指しているのか
それはもちろん、「夢」です。
流石にこれだけでは意味が分からないので、もう少し具体的に解説しますね。
これを知るためには「ジョーカーズがどのように生まれるか」、という話が必要になってきます。
①「こんなことができたらいいな」という「思い」や「願い」を思い浮かべる。
②それを絵に描いて、デッキーに食べさせて生み出す!

このステップの中で重要な部分はこの2つ。
・「思い」や「願い」を持つ。
・絵に描く(=具現化する)
さて、我々は既に切札ジョーのようにカードを生み出してきました。
それは、スペシャルズです。

スペシャルズとは、新章デュエル・マスターズ開始前より実施された「超獣イラストコンテスト」にて全国の小学生から公募によって集められたクリーチャー達。「想い」の込められた彼らはカードとしても強力で、トーナメントシーンで目にすることもありました。
そして、プレイヤーの「願い」「思い」は様々なところで「カード」の形を通して身を結んできました。
例えば、漫画「デュエル・マスターズVS」が不調の最中にあっても、アニメ「デュエル・マスターズVS」の胸を焦がすような熱いストーリーが《超戦龍覇モルトNEXT》を躍動させ、「こんちきしょうめ」のサビと共にプレイヤーを奮い立たせたり。

最強・最速。デュエマの革命を成し遂げ、誰もが手にすることのできる切り札が圧倒的な勝利をもたらし、今なお根強い人気を誇る《轟く侵略レッドゾーン》が駆け抜ける姿を間近で目にした人も、多いのではないでしょうか。

もちろん、我々の世界でアニメのようにクリーチャーを目に見える形で呼び出すことは叶いません。
しかし、カードをプレイする時、カードによって人と対戦をする時。
我々は自分の持つ「想い」をクリーチャーに投じて呼び出します。
「勝ちたい」「このカードで戦いたい」「自分達が組み上げたデッキの結論を示したい」
想いの込められたカードは、正にクリーチャーを現実へと「呼び出して」いるのです。
そうした思いの1つ1つが集まった結果、生み出されたのが「ドリーム・クリーチャー」と言えるでしょう。
2.デュエル・マスターズの特異性
ジョーカーズの持つ「想像」と「創造」の特性は、キャラクターによるものです。
切札ジョーが生み出したキャラクターとしてのクリーチャー。
その関係には、プレイヤーは一切介入できません。
我々の世界はアニメや漫画の世界と違う。そのはずでした。
ドルマゲドンX、デ・スザーク、ドラグナー、ジョーカーズ、アウトレイジ、ドギラゴン剣といった最強を名乗るやつらが集結した。そこでは掟破りの「ドギラゴン剣同士の戦い」すらも行われる……「最強の伝説」を決める何でもありの戦いが、皆の知るクリーチャー世界と別のクリーチャー世界で開かれていたのだ!!
その子供、可憐につき(DMBD15 SE4/SE10)
「蒼龍革命」によって、我々が「カードをプレイした」歴史が影響する世界の存在が明らかになりました。
そして、それによって、プレイヤーはデュエル・マスターズの世界に影響を与えることとなりました。
少年の成長と共に姿を消したジョーカーズ。だが、みんな知っている。世界のピンチにはジョーカーズも、ジョニーもきっと帰ってくると!!
ヘルトッQ(DM24BD2 10/16)
このフレーバーで言われる「みんな」とは、我々プレイヤーのこと。
ジョーカーズと共に戦い続けた我々が、ドリーム・クリーチャーの《ジョニー》を帰還させ、《モモキング》の物語を夢想するに至ったのです。
物語には、「再生できる」という特性があります。
言葉として語る、文字にして書く、映像として記録するなどすれば、それをいつでも後で見ることができるということです。この企画も正にそれを象徴するかのような企画。
我々がカードをプレイすること、というのはその瞬間にしかない「物語」を再生する行為であり、より愛され、より願われたクリーチャーはその想いを具現化し、カードとして我々の手元に「降りてきて」くれるのです。
これは私の持論ですが、デュエル・マスターズにおけるPlayerは「競技者」であると共に「再生機」であるでしょう。
そして、再生された物語の像が新たなクリーチャーを生み出したものがドリーム・クリーチャーなのです。
もっと言えば、ドリーム・クリーチャーはイデア・フェニックスに極めて近い存在であると言えるのです。

元々「切札ジョーが生み出した《ジョリー・ザ・ジョニー》」という存在があります。
それを「《ジョリー・ザ・ジョニー》という概念」として、カードという媒体を通して我々は手にします。
実際の《ジョニー》とプレイヤーは同じではありませんが、S-MAX進化である《MAX・ザ・ジョニー》によって、世界がリンクして我々は《ジョニー》の姿と一つとなりました。
そして「また《ジョニー》に会いたい!」と《ジョリー・ザ・ジョニー》の「再生」を願った時、《ハイパー・ザ・ジョニー》をはじめとするドリーム・クリーチャーの《ジョニー》が我々の前に「像」を結んだのです。
これは、《超愛銀河クエーサー・ラブエクスパンジョン》が様々な形の愛のイデアから《愛銀河》のフェニックスを生み出したことと同じです。

簡単に言うと、切札ジョーのように誰しもが「想い」から新たなカード・新たなクリーチャーを創造できるようになったということ。
そして、それはカードとしてすぐに手元に現れ、再生されるということです。
それを象徴するように、「デュエル・マスターズ プレイス」では、我々にジョーカーズを描くための新たなペン、《ボールぺんぎん》が渡されました。
シールドという「大切な物」や「記憶」を消さないように残し続ける、消えない筆記具で、私たちは新たなジョーカーズを描いていくのです。

3.あの瞬間、「俺の切り札」に「超魂」が注入(レイド)された。
「では、我々が愛するこのカードやあのカードも『ドリーム・クリーチャー』になるべきではないか。」
その疑問を補うのが王道Wで示された「魂」と「器」の概念です。


魂は正に王道を突き進む、プレイヤーの想いそのもの。
憧れが、熱狂が、真っすぐに形になったものです。
これは現実のプレイヤーに限りません。先に述べた《クエーサー・ラブエクスパンジョン》が愛によって照らした「デュエル・マスターズ」メディアに登場するヒロイン達も、それぞれの「愛」を決闘への姿勢に込めたカードや、共に戦ってきたクリーチャーとの姿が描かれています。





ドリーム・クリーチャーはこうした「想い」がダイレクトにカードに現れた内の一種ということができるでしょう。
本筋の背景ストーリーに登場するテクノ・サムライも魂側。
「デュエル・マスターズGT」で示された通り、自らが背負う「物語」という魂によって動く「ゼノテクアーマー」を持ち、その魂が示すままスチーム・ナイトを追いかける組織になっています。
物語の魂をそのまま背負い、戦いの原動力とするのはチーム切札やレクスターズとも重なる姿ですね。


既に物語として語られた物、それが魂です。
伝えたいことは、形にした瞬間にもうその「伝えたいこと」という像を結んでいます。
デッキやカードというものは、魂からのメッセージを運んでくるものなのです。
では、そうした「魂」がまだ入っていない、「器」はデュエマにおいてどう扱われるのでしょう。
《DARK MATERIAL COMPLEX》というカードがあります。

使用者の感情を汲み取り、その意のままに動くという「器」を体現したような生態をしています。
さて、《COMPLEX》を象徴する出来事が今年度の初めに起こりましたね。
事前に予想されていたメタゲームの外から【青黒COMPLEX】を持ち込み、そのプレイとメタゲーム考察で予選全勝の後に優勝を果たしたカルマくんの存在です。
正にこれは「再生」であるでしょう。
誰もが予想し得なかった【青黒COMPLEX】の大躍進という物語を、彼はプレイヤーとして紡いだのです。
彼が《COMPLEX》に魂を注いだような物語は、漫画「デュエル・マスターズWIN」でも見ることができます。
第38話のウガタは、闇の王と化したウィンを止めるべく「ヒーローとして」《ARC REALITY COMPLEX》を手にし、デュエルを挑みます。
かつては心の闇によってヒーローという偶像に囚われた道化のようであったウガタが自分の意思でヒーローとしての物語を《COMPLEX》と共に再生するのです。
こうした、「対戦という舞台で再生された物語の『器』」という意味では超CSの【4Cディスペクター】や、GP2025-2ndの【赤黒邪王門】もそこに含まれると言えるでしょう。
特に【赤黒邪王門】にはナイトメア・クリーチャーの《鬼ヶ伝双VSジャオウガ》が採用されており、より強い「魂」を感じさせる「器」です。
そこに「魂」を込める類稀なるプレイヤーがあることで、「器」たるカード達は真の力を発揮するのです。
この瞬間、カードに宿るのは正しく「夢」でしょう。
ドリーム・クリーチャーである《ジャオウガ》とそうでない《COMPLEX》に、この場合の優劣は存在するでしょうか。
もちろん、そんなことはありません。
では、負けてしまったカードやデッキに「魂」は込められていなかったのか?
そんなこともありません。想い同士が力と力のぶつかり合いで優劣を決める時、そこには分かれ道が存在してしまうこともあるのです。
大事なのは、プレイヤーが「魂」を込められるか。
多くのカードは「器」であり続けます。それは、カードという物質だから。
プレイヤーがカードを手にし、何かを願う際に「魂」が生じます。
我々は「ドリーム・クリーチャー」という「魂」の存在をいつでも再生できるのです。
ドリーム・クリーチャーは「『俺の切り札』のイデア」が具現化したものです。
つまり誰かが願うことでどんなカードでも「俺の切り札」という魂を乗せることができるのです。
貴方の手元のそのカードに魂を吹き込むのは貴方自身。
それはどんな形でも構いません。
大会で結果を出して「栄誉」を掴むもよし。
メディアでの彼らの活躍や、フレーバーテキストから読み取れる想いを「読む」だけでもよし。
もしくは、その物語に想いを馳せながら「語って」みるのも一興ですよ。
4.終わりに~夢に、ようこそ~
ここまで語ってきました。なんだか、いつもと変わらない語り口のような気もします。
皆様が「夢」を見て、夢に魂を込める「器」と、込めたい大切な「魂」を見つけられることを願っております。
このアドカレに参加している多くのライター様の熱き「魂」に追いつく自らの「魂」がこうした話を中心としたものでしたが、いかがでしたでしょうか。
もしよろしければ感想をいただけると幸いです。
明日は、かなさんの「デュエプレユーザーがクラシック触ってみた」。
自分もデュエプレにないカードや、デュエマとの差がどのような面白さを生むのか知りたいです!
是非とも合わせてお読みください!
それではここまでShinがお送りいたしました。